断れない自分を責めるのをやめた日のこと
金曜日の夜、22時過ぎ。
会社のデスクで、僕は誰もいないフロアを見渡していた。 蛍光灯が半分だけ落ちていて、自分のキーボードの音だけが響いていた。
引き受けた仕事は、本当は自分の担当じゃなかった。 先輩が「ちょっと手伝って」と言ってきて、 自分は「あ、はい、大丈夫です」と答えた。
大丈夫じゃなかった。
家に帰ると、妻はもう寝ていた。 冷蔵庫を開けて、ラップのかかった夕飯を見て、 そっと閉じた。食欲がなかった。
リビングのソファに座って、スマホを開いた。 Xのタイムラインを流し見しながら、 ふと、こんなポストが目に入った。
「NOと言えない人は、自分を大切にできていない人」
そのポストを、自分は3回くらい読み返した。 そして、たぶん、生まれて初めて、 自分に対して、ちょっと怒った。
「大切にできてないんじゃない」と思った
その夜、自分はずっと考えていた。
自分は自分を大切にしていないんだろうか。 自己肯定感が低いから、断れないんだろうか。 メンタルが弱いから、引き受けてしまうんだろうか。
でも、違和感があった。
先輩の仕事を引き受けたのは、 自分を大切にしていないからじゃなかった。
先輩が困っていたからだった。 金曜の夜に泣きそうな顔で 「ちょっと手伝ってくれない?」と言ってきたからだった。
自分はその顔を見て、 「ここで断ったら、この人、今夜どうするんだろう」と思った。 思ったから、引き受けた。
それって、自分を大切にしてないことなのか。 むしろ、誰かを大切にしたから、 自分が後回しになっただけじゃないのか。
そう考えた瞬間、 胸の奥で、ずっと固まっていたものが、 ぽろっと崩れた気がした。
「誠実さ」には、請求書がついてくる
それから数ヶ月、自分は自分の「断れなさ」を観察した。
わかったのは、 自分が断れないのは性格が弱いからじゃないということ。
自分は、相手の困った顔を見ると、 自分の時間を差し出してでも それを解決したくなってしまう人間だった。
これは、欠陥じゃない。 むしろ、ある意味では、誠実さだと思う。
でも、誠実さには請求書がついてくる。
金曜の夜の残業代は自分の家族との時間で支払われていた。 引き受けた副業の赤字は、自分の貯金と自己肯定感で支払われていた。 (ちなみに、その副業では288万円溶かしました。別の話でいつか書きます)
誠実さって、たぶん武器だけど、 使いかたを間違えると 自分を削る刃になる。
自分はずっと、その刃で自分を削っていた。 そして、削れていく自分を見て 「自分を大切にできていない」と責めていた。
責める方向が間違っていた。
やめたのは、「断ること」じゃなかった
自己啓発の本はだいたい、こう言う。
「NOと言おう」 「自分の時間を守ろう」 「断る勇気を持とう」
わかる。正論だと思う。 でも、自分には無理だった。
先輩の困った顔を見て 「すみません、今日は無理です」 と言える人間なら、 最初から苦労していない。
だから、自分がやめたのは 断ることを練習することじゃなかった。
自分を責めることをやめた。
断れなかった夜に「また引き受けちゃったな、ダメだな」 と思うのをやめた。
代わりに、こう思うようにした。
「今日も誰かを助けたな。その分、自分の時間が減ったな。じゃあ、明日はちょっと減らそう」
断れない自分を、直そうとしなかった。 断れない自分のまま「減らす技術」を身につけることにした。
この場所について
このメルマガでは、「NOを言えるようになりましょう」 とは言いません。
「自己肯定感を上げましょう」 とも言いません。
そのかわり、断れないまま、どう生きていくか。誠実さを刃にしないで、どう使うか。そういうことを週に2〜3回、書いていきます。
たぶん、読んでくれているあなたは、自分と似た人だと思います。
先輩の困った顔を見て、自分の予定を後ろにずらしてしまう人。家族を待たせて、残業してしまう人。「大丈夫です」と言ったあと、トイレで深呼吸してしまう人。
そのままでいいです。
断れない自分を責めるのを、今日からやめてみませんか。
受信トレイで、また会いましょう。
たかきし



深い話ですね。一見すると他人に振り回されて他人軸のように見えるのに、自分軸だと気づいたたかきしさんの思考力が高いです!
残業しません!と言いつつ断ることもできないので、業務外になりそうなら明日にしかできませんという手を取りました。うまく断る技術が欲しいです。